「カタン」
隣の報知器が落ちた音だ。
報知器とは看守に用事があるときに、
壁にあるボタンを押すと、ボタンの押し出す力で、
垂直の壁から、15㎝定規のような白い板が
水平に倒れる仕組みになっている。
これは、刑務所でも同じ仕組みが導入されている。
私は読書が楽しみなので部屋のラジオ視聴を中止している。

だから周りの声や音がよく聞こえる。
普段、隣は静かに生活している、物静かな、お兄ちゃんだ。
「報知器、何や」
と看守が来た。
「あのう…ギャラガ知ってますか?」
いきなり質問から入った。不意を突かれたが看守は動じる様子もなく、
「ゲームやな」
「そうです。ギャラガの黒いやつが、部屋の中にいてるんです。
殺しても、殺しても、出てきよるんです」
と隣人は言う。
「どこにおるねん?」
「今はナリを潜めています」
「……。」
看守の返事はない
「ステルス戦闘機みたいな奴です…黒い色した…」
「蚊か?」
「違います」
「蝿か?」
「違います、蚊と蝿のハーフみたいな奴です…」
「……。」
少し間を置いて
「お前、今日は早よぅ寝えよ」
と看守は相手にしない。
私は、隣人の言いたい事がよく分かる。
白黒のギャラガは、私の部屋にも、よく現れる。
正確に表現すると、直角二等辺三角形の鋭角部分と、
直角部分を丸くカット
したような形をしている。
昆虫に分類されるが、正式な名称は知らないし、調べたいとも思わない。
見かける場所としては少々、不衛生的な場所でよく見かける。
高速道路のサービスエリアにある、公衆便所や、下宿の共同便所でよく見かける。
蚊や蝿のように、機敏に飛行できない。
飛行速度が極端に遅く、直線的な飛行しかできない。
目が悪いのか指の腹で圧死させることもできる。
要するに、どんくさいということだ。
「カタン」
報知器が落ちた。
「報知器、何や」
「これです、こんな奴です」
隣人は紙に書いたようだ。
「……もう、ええから、早よぅ寝え」
とまたしても、相手にされない。
助け船をだしてやりたいが、他人のことだし、
今後の展開が楽しみだ。
「パコン、パコン」
普段、大人しいので、動くとよく分かる。
どうやら、生け捕りにして見せようという作戦らしい。
妄想や幻覚でないことを、
どうしても分かってもらいたいようだ。
「カタン」
報知器が落ちた。暫くして看守が来た
「報知器何や」
「見、見、見て下さい、こいつです、ほら、ほら」
と少し興奮しているのが分かる。
「あぁ…これなぁ…」

「あぁこれなぁって、他に何も言うことないんですか?」
「何を言うねん」
ごく普通の対応だ。
「おやっさん、ワシがどんな思いでこの虫を捕まえたと思ってるんですか?」
「どんな思いでやと、言われても…なぁ…」
「おやっさん、ワシのこと、頭おかしいと思ってたでしょ」
と隣人は看守を問い詰める
「そらお前が、インベーダーとか、おる言うから…」
「イン、インベーダなんか言うてない」
「何とか、言う奴や」
「ギャラガや」
「何でもええがな」
どうでもいいが、口論が可笑しい
「あかん、インベーダーとギャラガは違う」
「あのなぁ、俺は忙しいねん」
「謝れ」
と隣人は謝罪を強要した
「何で俺が、お前に謝らんとあかんねん。
俺が一言でもお前のこと頭おかしいとか言うたんか、
心の中で思ってただけやろ」
と一言多い。
「ほら見てみい、やっぱりおかしいと思うとったやろ」
「俺が何を思おうが勝手やないか」
確かにそうだ。
「あのなあ、俺はポン中(覚せい剤中毒患者)とちがうんじゃボケ、
このくそ牢番、と俺は心の中で思ったんじゃ」
と隣人も仕返しをした。
「お前、今、口に出して言うたやないか、
牢番やと…ワシのこと愚弄するんか」
愚弄とは、これまた言葉が古い。
「おっさん声がでかいんじゃ…」
「お前の声が大きいんじゃ…」
看守も言い返すが、両方、でかいと私は思う。
「黙っとけ牢番…」
「お前が黙っとけ、大きい声を出すな」
やっと自分のペースを取り戻したようだ。
「やかましいわ」
「大きな声を出すな」
どうやら非常ベルを押すようだ。
しばらくすると看守が10名程来た。
「ガチャガチャ、出てこい」
隣人は職員に対する抗弁ということで取り調べとなった。
