8月5日(月) 工場で昼食のカレーを食べてから、急に身体の調子が悪くなった。

舎房に帰ってから嘔吐した。

 

8月6日(火) 翌日、工場で熱を測ると37.4度だった。

この日から体調不良を訴える者が続出した。

 

8月7日(水) 炊事工場が停止した。このため防災食に切り替わった。

食欲が全く湧いてこない。これまで工場から16名が体調不良を訴えて入病した。

 

刑務所全体では300人以上が入病している。集団食中毒が発生したと思った。

新聞に掲載されるだろうと思ったがされなかった。

 

8月8日(木) 告知放送があった。

神戸刑務所は今回のことを保健所に報告しており、

現在保険所が調査をしています。検査結果が出るまで、

しばらくお待ちください

というものだった。

 

依然として体調は優れない。作業中に食堂で体を休める受刑者が何名かいた。

8月9日(金)  入病者が余りにも多いので雑居房を解体し病舎の代用にした。

 

8月10日(土) 神戸刑務所を管轄する明石保健所から食中毒に関する

アンケート用紙というものが配られた。

 

アンケート用紙には8月4日までの食事のメニューが記載されていて

食べた物、食べなかった物にチェックを入れ回答するよう記載されていた。

また現在の体調についてという欄も設けてあった。

 

入病している者以外は、体調不良であったとしても良好と記載するようにと

看守に強要された。アンケート用紙はその場で書かされ、

すぐに回収された。肝心な8月5日のメニューが記載されていない、何か怪しい。

 

8月11日(日) 入病する者が増え続け500名を超えた。

神戸刑務所の約3分の1に相当する。舎房では飯を残す者が続出した。

 

事態の収束を図るため、官は入病者に対し読書及び交談を

禁止するという制限を加えた。入病しているよりも、

 

無理してでも自分の舎房に帰った方がましだ…という考えを起こさせるためだ。

極悪非道だ

 

8月12日(月) 出役し作業をする予定だったが、教育的処遇日に変更された。

これで土日と盆休みを合わせ、6連休となった。

防災食が中止になり弁当が支給されることになった。

 

8月13日(火) 告知放送があった。

保健所からの指示により結果が出るまで当分の間、防災食になります

というものと

 

保健所からの指示により結果が出るまで当分の間、

入浴の際に使用できるのはシャワーだけです

というものだった。

 

8月14日(水) 告知放送があった。

保健所の検査結果が出たのでお知らせします。

入病中の何名かの受刑者から検便を行った結果、

 

食中毒の原因とされる19種類のウィルスうち4種類が検出されました。

しかしこの4種類は誰もが持っているものです。

 

また炊場の釜からも食中毒の原因となるウィルス等は検出されませんでした。

よって15日から通常通り炊事工場が動きます

というものだった。

 

炊場の釜といっても5日以降も使っているし、

洗浄して消毒すればウィルスも検出されることはない。

8月15日(木) 炊事工場は作業を再開した

 

8月20日(火) 告知放送の内容が変わった。

猛暑が続いています手洗いを励行し熱中症の予防に努めてください

というものだ。この日から毎日、告知放送が流れ熱中症という言葉を頻繁に

耳にするようになった。

 

8月23日(金) 刑務所は食中毒事件について収束宣言を出した。

保険所から最終報告がありました。刑務所で使用された食材等を

何度も調べましたが食中毒になるような原因は見つかりませんでした。

 

また入病舎の便も保険所に提出し、検査しましたが異常はありませんでした。

考えられる原因としましては、連日猛暑が続き熱中症になったと考えられます。

 

水分をこまめに補給し自己管理を行ってください

というものだった。誤魔化すな、熱中症でないことは私たち本人が一番よく知っている

 

原因は人為的なものではなく自然によるものと結論付けてしまった。

刑務所という施設は刑務所にとって不利になるようなことは、

どのようなことをしても隠すという体質がある。

 

隠すことが職務の一環として慣習のように、行われてきた組織というのは

刑務所を措いて他にない。昔から培ってきた隠蔽体質は変わるものではない。

 

事件から1週間が経過した、これだけ大きな事件だというのに新聞に載らない。

 

神戸刑務所は悪名高い刑務所でこれまで何かと問題が多く発生している。

集団食中毒というのは行刑施設ではよくあることで、報道されたところで、

何ら問題はなかったように思うのだが…

 

問題はそんなところではなく、もっと別のところにあったのではないかと思う。

 

これは以前に某刑務所であった実際の話だ。こっそり看守が教えてくれた。

炊事工場は食べ物を扱うのでどうしても口に入れるという不正行為が多い。

 

不正行為をいちいち上げると炊事工場が回らなくなり、

刑務所の運営に支障を来たすことになる。

 

受刑者もその辺の事情を知っているので不正行為を繰り返していた

工場長は口に入れているということが分かっていても何も言わない、

受刑者と工場長との間で暗黙の了解のようなものがあった。

 

炊事工場は一般工場に比べて作業時間が長いので自分たちで残業食を作って

食べることがある、残業食は工場にある食材なら何を使ってもよいということになっていた。

新しいメニュー作りに挑戦することもできた。

 

炊事工場は一般工場によりも作業がきついので処遇面は緩いというのが

昔から引き継がれてきた炊事工場の習わしだった。

 

炊事工場の工場長の任期が満了し、新しい工場長に変わることになった。

新任の工場長は刑務所内で売出し中の看守で厳しいことで有名だった。

最初が肝心ということもあってか工場を絞め始めた。

絞めるとは厳しく取り締まることをいう。

 

不正飲食で10人以上が取り調べになり、行進動作、出室動作、整列動作、

工場内整理といった細部にまで指導は及んだ。

 

残業食は決められたものしか作れず、新しいメニューは必要ないと一蹴された。

工場長は自分のカラーに工場を染め始めた。

 

受刑者らは最初だけだろうと思って我慢をしていたが、そのような状況が

2カ月も続くとさすがに参ってしまった。

 

何をするにも工場長の許可を得なければならないようになり、

許可を得る際には何のためにかという理由を根掘り葉掘りと問い質された。

 

これまで天国のような工場が一変して窮屈な

受刑生活を送らざるを得ない状況になってしまった。

 

炊事工場の計算工が工場長に

「厳しすぎるのでは」

と掛け合ったが

 

「気に入らないなら工場を出て行け」

と独裁者ぶりを発揮されて終わってしまった。

 

こうなると受刑者も黙っていられない、海千山千の受刑者たちは

工場長を追い出す作戦を考えることにした。

 

失態を演じさせ炊事工場の正担当としては不適任だと判断されれば必然的に

工場長は飛ばされる。炊事工場で一番の失態は食中毒を出すことだ。

 

食中毒を出すにはどのようにすればよいのか、

腐ったものを混ぜ込んだぐらいでは、なかなか食中毒にはならない。

 

食中毒の原因となるものは主に大腸菌だということを受刑者の一人が知っていた。

では大腸菌はどこにいるのか、人体の中に生息している。

 

一体どうすれば取り出すことができるのか。

答えは簡単だ、きばれば出てくる。

 

では何に混ぜようか、簡単なことだ、辿り着くまで時間はかからなかった。

カレーの日に作戦を決行することになった。

 

こうして某刑務所では400人近くの食中毒感染者が出た。

工場長は見事に左遷され、勤務先を拘置所に変えられてしまった。

受刑者にとっては望みどおりの結果となった。

 

このようなことが公になった場合、受刑者たちは暴行事件として

国に対して賠償請求をすることになる。

 

前代未聞の大事件となること必至だ。

世間では考えられないことが刑務所では日常のように起きる