工場担当交代 ②

次の日は土曜日で免業日だった。

N本の顔はもう見ることが無いと思っていた矢先に、

N本が独居に現れた。

 

ガチャガチャ鍵穴に鍵が差し込まれ、入口の扉が開いた。

話があると言う。

 

「芹沢には本当に世話になったからな…

ここだとみんなに聞かれるから向こうで話そうか」

とN本は言った、同じ階の端に取り調べ室がある、そこに入った。

 

N本は

 

「まぁ座ってくれ」

と言い、色々と世間話を始めた。

何が目的なのか分からない、私は、

 

「安部は、分かるけど、篠原は何でまた連れて行こうと思ったのですか?」

と疑問に思っていたことを尋ねた。するとN本は、

 

「それやん、そのことやん」

と言った。話がやっと本題に移る。

 

この話がしたかったのだと、すぐにわかる反応だ

 

「実は芹沢から2人に言ってほしい事があるねんけど、

今、炊場は堕落しまくっとるみたいや。最初にしめたいんや。

誰が食うとるのか、教えてほしいんや」

とN本は言う。

 

N本は安部と篠原を炊場に連れて行く変わりに、

犬(スパイ)になって誰が食べ物を口に入れているのか

報告しろというのだ。その話を私の口から2人に話してくれと言う。

N本は炊場に行ってすぐに何人かを上げるという

華々しいデビューを飾るつもりだ。

そんなことをすれば誰が告げ口をしたかすぐに分かってしまう。

 

告げ口をした者は即、工場を放り出される。N本でもこれくらいの展開は読めるだろう。

 

受刑者のことを将棋の駒ぐらいにしか考えていない。

N本にも良いところがあると思った私が間違いだった。

 

どたん場でこのような話をすれば、

やむを得ずこの条件を飲むだろうと考えていたからこそ

今日まで黙っていたのだろう。

 

2人とも刑期が長いので炊場に引っぱってやった恩義から

何でも言うことをきくだろうという考えだ。

自分のことしか考えない最低な奴だ。

私は感情を抑えられなくなり、

 

「お前はやっぱり外道やのう、もし、そんな使い方をしてみろ。

毎日、鍋と材料を持って、お前の家に遊びに行ってやるからな」

と言った。

 

N本には、この一言が一番こたえる。自慢のマイホームだ。

警察に行ったところで、

 

遊びに行ってやるでは脅迫罪にはならない、私は、

 

「気分が悪いから舎房に帰る」

と言って席を立った。

N本が何か言おうとしたが、

 

「黙っとけ」

と制した。

 

翌日、日曜日にN本はまたしても独居に現れた。

安部を取り調べ室に連れて行った。

 

安部が帰ってきて、次に私が呼ばれた。

取り調べ室に入ると、N本は開口一番帽子を取って、

 

「すまん」

と謝る。N本は、

 

「昨日、芹沢に言われた言葉を思い出して反省し、夜だったが

統括の自宅に電話をして、誰も連れて行かないと言うたんや」

と言う。

 

統括の家に電話するわけがないだろう。

下手な絵図を書くなと言いたい。

 

この話はN本の言う条件を私が飲んだら、

初めて事務所に〝2人炊場に連れて行ってもいいですか〟

という話しを統括にするつもりだったのだろう。

 

鍋大会がよほど嫌なのか、私に、

〝口を切ったのだから連れて行かんかい〟

と詰められても困るので統括まで登場させてきた、N本は、

 

「やっぱりよう考えたら安部は工場の重鎮だから…

立つ鳥、後を濁さずと言うやろ」

とN本はもっともらしいことを言う。

 

以前、N本に、安部を抜かれることは痛いが、

本人の為には炊場に引っぱってくれる方がよい

という話をしたことがある、私は、

 

「安部に、そういう風に説明したんかいな」

と尋ねた。N本は、

 

「う、うん」

と言う。私はN本に、

 

「お前はほんまに汚い奴やのう。今度は俺のせいか?」

 

N本は私に諌められたので炊場行きを中止すると安部に言ったようだ。

 

「いや、違うけど…」

というが図星だ。

 

「お前は安部と篠原を犬にさせることが無理やと思い始めたからやろ」

と言ってやったN本は

 

「いやそんなことはないけど…」

 

「そんなことあるやろ。それ以上しゃべったら、どつくぞ」

と言って席を立った。

 

月曜日、工場に行くと篠原がいない。

N本が連れて行ったのだ。

 

篠原なら自分でも手懐けることができるからだろうと考えたからだ。

最後まで汚い奴だった。

 

N本とは出所前日まで顔を合わすことはなかった。

 

安部には事の真相をすべて明かした。

どうせN本のことだから炊場に行って、

 

N本の言うことを聞かなかった場合、

難癖をつけて上げに来るだろうからこれでよかったと

安部も納得してくれた。

 

N本は私の刑期が満了する前日に独居に来た。

 

顔を見るなり帽子を取って、

 

「すまん、この通りや」

と言って、土下座をして謝ってきた。

 

「芹沢、頼むからお礼参りは許してくれ」

と言う。N本は最後だけ謝っておけば大丈夫だと思っている。

これが刑務官の処世術だと思っているようだ。

 

別にお礼参りをするほど嫌がらせを受けたという覚えはない。

逆に可愛がってもらったと感謝している。

 

退屈しのぎに、いじってやろうと思いN本に

 

「N本、因果応報という言葉を知っとるやろ?」

「たのむわ、芹沢すまん」

心の中で舌を出しているのが分かる。

 

「N本、どんな鍋がええんや」

 

「頼むから、お願いやから、ごめんなさい」

と思いつく謝罪の言葉を並べ立てた

 

「ワシは鍋の具を聞いているんや」

 

「頼むわ、芹沢…」

 

「寄せ鍋にしとくから、そのあとはトランプで朝までババ抜きや」

 

辛かったことよりも、楽しかったことの方が記憶には残るものだ…

 

「嘘や、嘘…色々あったけど、全部忘れたるわ…」

と言うと

 

「ありがとうな」

とN本は心から感謝しているふりをする。

 

「刑務所のこと書くけど、ありのまま、書いてええか?」

 

「ああ、書いてもいいよ」

 

「遠慮せずに、思い切り書かせてもらうで」

 

「いいよ」

 

どうせ、書けないに決まっていると

高をくくっているに違いない

 

本人から御墨付きを頂いたので、

事実をありのまま書かせて頂いた。