工場担当交代 ①

ついに待ちに待った、待望の日がやってきた。

工場担当が代わるのだ、どれだけこの日を待ったことか。

 

N本は炊事工場に行くと言う。炊事工場のことを炊場という。

炊場は朝が早いので早朝割増が給料に加算されるから、炊場に行くと言う。

とことん銭に拘わる奴だ…。どこにでもいいから、とっとと、行ってほしい。

 

炊場に転勤する際、現在の工場から2名の受刑者を連れていくという。

 

篠原 (34)   恐喝     懲役5年

安部 (32)   高額窃盗   懲役8年

 

安部は私の後輩で刑期が長いので、私が計算工に引っ張った。

だから、私と同じ仕事をしていた。

 

N本から、その話があったのは転勤する1ヶ月前だった。

N本は、私が安部を可愛がっていることも知っていたので、

 

私への気遣いだと思った。

私は満期まであと半年となっていた。

 

私が出所した後、安部は計算工を続けられるのか考えた。

計算工は受刑者によく無理を言われる。

 

最初からはっきりと断らなければならない。

まずそのようなことを言わせない

雰囲気を醸し出さなければならない器量が必要だ。

 

とにかく計算工は工場に

睨みを利かせ、受刑者に文句など言わせてはならない。

 

安部の場合、若干32歳という若さで、工場80人を束ねて行くことは、

難しいだろうと考えていたので炊場行きで私も安心した。

 

炊場という職場は、受刑者の憧れの職場だ。

安部は刑期も長いから分かるが、

篠原は何故かと腑に落ちぬ思いであった。

 

このことは、N本に秘密にするようにと言われたので、

安部にもそのように伝えた。

しかし、2日もしないうちに話は工場内に広まった。

震源地はN本だ。

 

安部が炊場に行くという情報が広まると足を引っ張る者が出てくる。

私が工場に睨みを利かせている以上、そのようなことはさせない。

 

そのことを懸念して秘密にと言ったのだと思っていただが、

N本はそんな人を思いやるという心が、

 

人格から欠落した人間だということを、

すっかり忘れてしまっていた。

 

N本は、単に自分から発表したかったに過ぎない。

私も大して驚かない、免疫ができている、こんなことは日常茶飯事だ。

 

いつも思いつきでしゃべるから、

次の日、いや一時間後には違うことを言っていることがよくある。

本気で若年性アルツハイマー病ではないかと疑ったことがある。

 

次の計算工のことを考えなければならない。

 

大原 (49)   詐欺 8億円   懲役6年

 

という受刑者がいた。ポルトガル語、スペイン語、英語、

中国語、日本語と5ヶ国語を話せる。妻子はポルトガルに居るという。

 

一流大学を出て語学が堪能だ。大原の場合は、意義のある懲役だと言える。

 

大抵はお金を使い果たしてから懲役に来るものだが、

集めたお金の大半は残しているという。

懲役の話だからあてにはならないが…。

 

何カ国かの言葉がしゃべれるので計算工にはもってこいだ。

これで後任の計算工は決まった。

 

ついにN本工場長、最後の日がやってきた。

その日は金曜日だった。

 

来週の月曜日からN本の顔を見なくてよいと思うと

小躍りしたくなる。

送辞は私が言うことになった。N本に、

 

「最後に虐めんといてな」

と懇願された。

 

最後に吊るし上げてやろうかと思ったが、

大人としてそれはしなかった。

一日の作業を終え、全員が食堂に集まった。

 

受刑者を代表して送辞を述べさせていただきますと言って、送辞を述べた。

 

『N本工場長、2年7ヶ月という長期に渡り

ご指導頂き有難うございました。

N本工場長とは色々なことがありました。

本来なら言える筈のない文句や愚痴を聞いて下さり

また寛容な心で受け止めて下さいました。

大変無礼な話も多々ありましたが御勘弁下さい

我々受刑者はこれからも受刑者としての

自覚を忘れることなく生活して行きます。

N本工場長におかれましても、

また新たな工場をお持ちになられると思いますが、

刑務官として受刑者に慕われるような

刑務官になって頂きたいと思います。

健康には十分留意され、

また新たな工場での御活躍を期待しております。

甚だ簡単な挨拶では御座いますが送辞と代えさせて頂きます。

長い間、有難うございました。』

 

といたってシンプルなものだった。

「受刑者に慕われる」の前に「今度こそは」

と入れてやりたかったが、堪えてやった

 

N本は最後によいことをした。安部を炊場に連れて行ってくれる。

N本にもいいところがあるではないかと思うと、少し淋しい気持になった。