刑務所の舎房には雑居、独居、共にテレビがある。
受刑者の楽しみの一つだ。
大阪刑務所はチャンネルが2つしかなく雑居はどちらを見てもよいが、
独居は1つしか見ることができない。
神戸刑務所は自由チャンネルで何を見てもよいことになっている。
同じ刑務所なのに処遇が違うということが度々ある、納得がいかないところだ。
私が独居に入っていた頃の話だ。
裏番組で阪神VS巨人戦の野球中継をやっていた
気になって仕方がない。
時々チャンネルを変え途中経過を見る。
何回もしているうちに看守に見つかってしまった。
これは、罰として3日間のテレビ視聴中止と刑務所の規則で決められている。
仕方あるまい。
次の日、N本に呼ばれ、受刑者達の見本とならなければならない
計算工が違反をしたということで、
工場の便所掃除を1週間するように言われた。
既に罰としてテレビ視聴中止になっているではないか。
好きで計算工をしている訳でもないし、
計算工がみんなの見本にならなければいけないという規則はない。
懲罰委員会に諮らず罰を設け、罰を執行してもよいと誰が決めた。
憲法31条には〝何人も法律の定める手続きによらなければ……刑罰を科せられない〟
と規定されている。5年に及ぶ受刑生活の中で一番辛かったことはと
尋ねられたならば便所掃除だと答える。

私を含め20名もの受刑者がN本のおもしろ半分の処遇に従った。
笑いながら〝罰、便所掃除〟と言えばそうことになるだろう。
私が便所掃除をしている時に3区の統括が通りかかった。
便所掃除は通常、衛生夫が行うものなので、私が便所掃除をしている姿を見て統括は、
「何故、君が便所掃除をしているのかね?」
と尋ねてきた。ここは千載一遇の大チャンス。
N本にヘタを打たせてやろうと思い、ヘタを打たすとは、
失態を演じさせるという意味である
「工場長の命令で罰としてやらされています」
と願望を叶えるには十分な返答をした。
明日が楽しみでたまらない、ところが、その次の日になっても
N本は何も言わない。
それどころか風呂場で不正交談をして注意を受けた者に、
私の後、続けて便所掃除をするように罰を科している。
刑務所の幹部である統括がN本に注意をしないということは
看守の一存で罰を科してもよいということを
刑務所が認めたと認識せざるを得ない。
何とも面白くない展開である。誰かが注意しなければならないと考え、
N本の立場もあるので倉庫で二人きりの時に思いきり言ってやった。
「オヤジ、受刑者はオヤジのオモチャやないで」
と言うと、N本は
「何でもできるものと勘違いしていた」
といつものように決まり文句の反省をしたが、
「でも罰は必要だろう?」
とこちらの顔色をうかがいながら逆に聞いてきた。
「オヤジに権限があるのか」
と言ってやった。
N本の場合は、その日の気分で処遇をすることが多かった。
だから受刑者とすぐに揉める。損をするのはいつも受刑者だ。
刑務官としての資質が問われるところだが、
受刑者虐めに信念をもって勤務する者に、
そのようなことを教え諭す価値はない。
