懲罰にはまさかと思うことがある。たとえば医務でもらっている薬を背中に
塗りたいが手が届かない。他の受刑者が背中に薬を塗ってあげる、
そこを看守に見つかると取り調べに上げられる。
塗る際は面倒でも看守の許可を得なければならない。
上記の場合は不問か叱責だろうが、これが肩もみやマッサージになると
懲罰は免れないだろう、力関係によるものだと判断されるからだ。
30、(文身等)とあるが文身とは入れ墨のことだ。
道具も無いのに刑務所で入れ墨などできないだろうと思うだろうが、
それができるのだ。
ある日、工場で針が無くなった、しかも半分だけ針が折れて先がどこかに
行ってしまったのだ。
刑務所では針が無くなると大騒動になる。製品に紛れ込んでも大変なことになるし、
受刑者に針など持たせたらロクなことに使わないからだ。
机も椅子もすべて動かして床を捜索する。その班で見つからなければ、
工場全員で針を捜す。その間作業は中断する。
作業で使う針は利器として作業課の管理となる。利器が無くなったからと
言って、工場長の裁量で補塡できるものではない。
毎回休憩時間の前に班長が回収して、工場長に見せて確認してから
休憩することになっている。その他にも、ハンマー、カッターナイフ、
ハサミ、ペンチ等が利器にあたる

床をホウキで掃除して、ガムテープを持った者たちが横一列に並んで
ローラー作戦を行ったが針は出てこない。
このことを、どのように処理したかは知らないが、
針が出てくるわけがない。篠崎という受刑者が持っていた。
入れ墨をするためだ。
篠崎(38) 覚せい剤所持、使用 懲役3年
刑務所では工場に行く時と帰るときには裸で検身を受ける。
口の中から足の裏まですべて、見せなければならない。
最近ではわざわざ足の裏を見せなくてもいいように歩く所に鏡が置いてある。
検身場は舎房側と工場側、2室に分かれていて、舎房で着ている服をすべて脱ぎ、
すっ裸になる、フリチンというやつだ。中間点で看守が検身をする。
看守に向かって両手を突き出し、手の平を見せる。次は手の甲を見せる、
次は称呼番号を言って口を大きく開け、口の中を見せて検身を終えてから。
着替える。毎日2度、厳重にチェックされる。
篠崎は娑婆でも相当やんちゃなようだ。ヤクザ者の金をだまし取って、
ヤキが入り、片方の耳はニッパでカットされ紅葉のようにギザギザになっている。
鶏のとさかのようで可愛い…。
篠崎の検身の順番が回ってきた、みんなと同じように通過していく。
何が可笑しいのか篠崎の後ろの者が笑っている。
篠崎の背中にはセロテープで針が堂々と貼り付けてある。
唯一の盲点だ。足の裏が見えるように鏡を置くのであれば、
何故もう一枚背中も見えるように鏡を設置しないのか。
刑務所のすることは、どこか間が抜けでいる。
受刑者達はあれこれと考える。工場で不正製作した毛抜きを
ケツの割れ目に挟んで舎房に持ち込む者もいる。
B級刑務所の受刑者はとにかく悪い。
篠崎は易々と針を舎房に持ち込むことに成功した。
墨などはどうにでもなる。
雑居に8人も居れば、1人ぐらい
自主学習で習字をしている者がいるので筆ペンがある。
後は糸をもらって箸に縛り付ける。
これで道具は完成だ。
篠崎は彫ることができる。道具が道具だけに上手くは彫れない。
同じ部屋の70歳になるおじいちゃんが篠崎に彫ってもらっていた。
おじいちゃんは、他にも入れ墨が入っているが、
どれもこれも中途半端なものばかりだ。
篠崎に彫ってもらったという金魚を見せてもらった。
どう見てもタイ焼きにしか見えない。
篠崎の身体は落書きだらけだ。
篠崎は恥ずかしがらずに作品を見せてくれる。
現在、足に彫っているのはサソリだと言うが、
ザリガニにしか見えない。
篠崎は傷口からバイ菌が入り、足がパンパンに腫れあがってしまった。
こうなると医務に見せないわけにはいかない。
篠崎は懲罰で居なくなったが、タイ焼きという作品を残した。
工場の半数ぐらいの受刑者が入れ墨をしている。
風呂場は入れ墨の展覧会場だ。B級刑務所ならではの光景だ
受刑者の中で入れ墨が完全に仕上がっている者は少ない。
大抵が中途半端な入れ墨だ。
金(50) 覚せい剤所持、使用 懲役2年6月
入れ墨が胸の所で分かれているものを胸割りという。
足首から首の付け根まで全身に入れ墨が施されたもの
をどんぶりという。
金は背が低く小学生のようだがどんぶりで、
入れ墨を入れているので、なかなか迫力がある。
入れ墨は人に箔を付ける。金はヤクザなのかというとヤクザではない。
ただ入れ墨が好きで入れただけだという。
金は班長をしていて、小さい体でチョロチョロと
役席の材量を補充して回る。
手首まで入れ墨が入っているので半袖の作業服を着ると
彫り物がもろに見える。
新入に作業の説明をするのは班長の役割だ。
工場に来た新入は金の入れ墨に息を呑む。
仕上がったどんぶりは相手に威圧感を与え、
筋金入りの極道を彷彿させるようだ。

金の入れ墨には変わった所がある。左手首には龍の彫り物があり、
右手首にはネズミが彫ってある。
ネズミというのも珍しいので理由を尋ねると、
金の名前は、龍中(タッチュウ)という。
龍は分かるが中はチュウなのでネズミだという。
19、(酒、たばこ等)とあるが私たちの工場では
グラインダーという機械を使って
金属のバリを削り取るという作業をしていた。
材量はコンテナに入って工場内に入ってくる。
コンテナの底にはよくタバコの吸い殻が入っている。
グラインダー作業なので簡単に火が起こせるので
タバコを吸うことは可能だった。

他工場ではタバコや飴を業者に持って来させているという工場もあった。
露見して問題になったことがある。
生産工場なので倍の量を仕上げると言えば、
業者は喜んで飴を持ってくる。
コンテナの中にはいろいろな物が入っている。
カッターの刃や小銭など、一度ヤスリが入っていたことがあった。
このような物を発見すると加点がもらえる。
加点をもらうと進級が早くなったりすることがある。
工場内で拾って一番加点が多い物は、工場の鍵だ。
20、(シンナー吸飲等)とあるが私たちの工場にはシンナーが有り、
シンナーを吸う者がいた。ナイロン袋に入れて、
吸飲できないので布に染み込ませて
マスクの中に入れる。いい大人がシンナー遊びなどしてはいけない。
22、(不正洗濯等)とあるが髪も洗うなと記載されている。
1週間に2回しか入浴がないのに、頭も痒くなる。
雑居では見張りを立てて順番に頭を洗う。
看守が近付いて来たら、
「ズー」
と言って仲間に危険を知らせる。
見張りを立てることを「ズーを張る」という。
ズーは受刑生活の中で一番、多用される刑務所用語だ。
例えば作業中に不正交談を行っていた場合、
看守がこちらの方を見た時に看守の動きを察知した方が
「ズー」
と言う。ズーと聞こえたら即、話を中断する。
これがズーの活用法だ。
何故ズーと言うのか、口の動きが最少で看守に発見されにくいし、
発声し易いからだ。
洗うのは頭だけではない、身体も無断で洗う。
バケツに水を入れて、石鹸とタオルを便所に持ち込む。
他の受刑者に看守が来ないか、ズーを張ってもらう。
看守が近付いてくると、用便をしているフリをする。
通路から見えるのは顔だけで、身体は泡だらけだ。
看守が遠ざかると便所はまた風呂場に変わる。
夏場は汗で身体がベトつくので毎日入浴することにしていた。
刑務所では年間の水道料金が1億円にもなる。夏場は節水、節水とうるさい。
だからなるべく節水を心がけながら毎日無断で入浴していた。
夏場は汗をかくのでズボンやシャツがすぐに汗臭くなる。
これまた便所にバケツと石鹸を持ちこむ。今度は洗濯場だ。
刑務所ではタオルハンカチでさえ自由に洗うことができない。
洗う時間が決められている。
時間外に洗えば、無断洗濯とし懲罰になる。
雑居だといつでも自由にジャブジャブと洗濯ができる。
雑居の便所は多目的に活用できる。
9、(火気不正使用等)とあるが懲役にかかれば
いとも簡単に火をおこしてしまう。
工場ならともかく舎房でも、
アルカリ電池、2本とシャープペンシルの芯さえあれば、
すぐ火をおこすことができる。受刑者は何でも考える。
電池を使って臨休に行くこともできる。
体温を測る前に乾電池をポットの中に沈めておく。
温たまった電池をしばらく腋に挟んで腋の体温をあげておく。
体温を測る直前に電池を取って体温を測るといい感じの体温を表示する。
受刑者は知恵をしぼって工夫する。
刑務所に来て感心したことがある。
工場に配役されるとまず針仕事をしなければならない。
称呼番号、氏名の書かれた布をくつ下やパンツに
縫い付けなければならない。受刑者の中には眼が悪く、
なかなか針穴に糸を通せない者がいる。
しかし簡単に糸を通せる方法がある。
左の人差し指の上に糸を置く、右手に針を持って針穴を糸の上に重ねる。
クチュクチュと押さえ付けながらこする。
これだけで糸は針穴に通る。私は目からうろこが落ちた。
これも懲役の知恵だろう。

16、(残飯投棄等)とあるが独居で生活している
受刑者がよくこの違反で上げられる。
食べなかった物は残飯として食器口から出さなければ
ならないという規則になっている。
掃夫が残飯を回収しに来るまで時間がかかる。
残飯を便所に流すと、すぐに食器洗いを始めることができるので、
ついつい便所に流してしまう。
刑務所では〝こんなことで〟ということで懲罰になる場合がある。
運動中にタオルハンカチを洗えるが、
自分のハンカチを洗うついでに友達のハンカチも
一緒に洗ってあげると両名に1週間の懲罰が科される。
刑務所側からすればタオルハンカチを洗わせた者と洗った者となる。
他の受刑者の本を借りて読んでも懲罰になる。
社会では何でもないことが刑務所だと懲罰になることがある。
看守は「普通に過ごせと」言うが、何が起きるかわからないという所で、それは非常に難しい。
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