刑務所に話を戻そう
新入や罰明けが工場に配役されてくるのは、
作業初めの号令が、かかって間もなくしてからだ。
罰明けとは懲罰が終了した者のことをいう。
受刑者は、誰か知り合いが配役されて来ないかと毎日思っている。
毎日同じ作業の繰り返しという変化のない受刑生活を送っている。
受刑者にとって配役は楽しみの一つだ。
刑務所という所は悪党どもの寄せ場だから
知人と遭遇することが多い。
配役された者が反目だとすると、
受刑者はすぐに班長に報告しなければならない。
反目とは対立する者を指す。
ハンモクと読むのが正しいようだが刑務所や業界ではハンメと言う。
配役された側も工場内に反目がいた場合
すぐに看守に報告しなければならない。
理由は即ケンカに発展する恐れがあるからだ。

官も一度ケンカした相手やその仲間がいる工場には、
配役しないように配慮しているようだが、
娑婆でのことはまでは分からないので、
組関係者には配役前に反目の組があるのかということを尋ねてくる。
新入や罰明けが配役されてくると、
計算工が転入時の説明をして必要な物を用意する。
すべての準備が整うと、
工場長から生活するにあたっての訓示を受ける。
準備をしている間に、話ができるので持ち込んだ
刑期や罪名など、ある程度の情報を得ることができる。
新入がヤクザ者かどうかを聞く必要がある。
「どこかの組織と縁は持ってはりますか?」
縁を持っていると言えば組織に属する人間だということになる。
誰かの舎弟や子分になることを、縁を持つという。
堅気の者が、刑務所での生活を少しでも楽にしようと
ヤクザではないのにヤクザだと騙る者も少なくない。
ヤクザだと言えば格好も付くし、周りが気を使ってくれ、
顔を立ててくれたりと何かと便宜を図ってもらえることが多い。
しかし、メッキはすぐに剥げる
刑務所はヤクザだらけなので情報は早い。
嘘がばれて工場に居辛くなり、
自爆せざるを得ない状況に陥るというケースはよくあることだ。
刑務所では、嘘をつく者が多い。
ばれることがないと高をくくっているので、
好き勝手な法螺を吹き、いかに自分という人間が、
大物であるか虚栄する。
懲役大臣、娑婆乞食という言葉があるくらいで、
懲役の話程、当てにならないものはない。
新入がヤクザ者なら休憩時間に工場のヤクザ者に紹介して回る。
このことを顔合わせというが、看守の中にはこの顔合わせを嫌い、
挨拶などして回る必要は、ないという看守もいる。
私たちの工場では、工場内で問題が起こらないようにするためには、
大切ことだからと工場長に理解してもらっていた。
顔合わせは工場のヤクザ者同士が仲良くやっていくためには
どうしても必要なことだ。
工場のヤクザ者同士の関係が良好ならば、
工場がまとまっていると言える。
舎が出来たりすると工場の雰囲気も悪くなり
必ずケンカや事件が起きる。
実質工場はヤクザが仕切っている。
悪い奴の中でもヤクザ者は頂点に君臨する存在だ。
私たちの工場には15名のヤクザ者がいた。
B級刑務所は、とにかくヤクザ者が多い。
組織名を名乗って務めるのだから、
笑われるような務め方をするわけにはいかない。
同じ受刑者であっても堅気とヤクザ者とでは
務め方が自ずと違ってくる。
ヤクザ者は最初から看板という目に見えない
重たい荷物を背負って刑務所の門をくぐる。
刑務所はヤクザの社交場だから、
配役されて来た時にどこの組織の人間なのかすぐに分かる。
事件が覚せい剤や窃盗だと、現役ヤクザであったとしても、
代紋を名乗らずに務める方がよい。
後で陰口を叩かれる心配がない。
窃盗のような事件で逮捕されると
大抵は組織から破門されている場合が多い。
中には破廉恥な罪名で逮捕されているのにもかかわらず、
堂々と代紋を名乗る者もいる。
娑婆では、他組織の人間と義理場で顔を合わせることが
あったとしても、一緒に生活することはない。

何かの縁でこうしてヤクザ世界に身を置く者同士が
出逢ったのだから、仲良く過ごすことができればよいと思っている。
同じ釜の飯を食い、同じ屋根の下で寝ているのだから
家族みたいなものだ。
刑務所での友には特別な絆のようなものを感じる。
大阪刑務所はB級刑務所だけあって、
どうしようもないチンピラが、配役されてくる場合がある。
弱い者を虐めたり、シャリ上げをしたりと行儀が悪い。
シャリ上げとは、おかずや飯を、取り上げる行為をいう。
注意したりするとケンカになるから誰も文句を言わない。
誰もが懲罰にはなりたくない。
それをいいことに好き放題に務める輩がいる。
舎房で起こったことを工場でしゃべらないというのが
刑務所での決まり事だ。
舎房での生活は、娑婆における家庭での生活なようなものであるから、
家の恥は外で晒さないということだ。
だから弱い者いじめ等が起こっていても、分からないことが多い。
行儀の悪い受刑者には、誰かが懲罰になるのを
覚悟して注意しなければならない、ヤクザ者の出番だ。
休憩時間、工場長に
「しばらく横向を向いといてもらえますか」
と一言、断りを入れる。
見なかったことにしてほしということだ。
刑務所では、受刑者同士が、言い争いをしただけで懲罰になる。
言い争いをすることを口論といい、
看守は口論をしていると判断した場合、
口論の疑いとして取り調べに上げることができる。
要するにケンカの事前段階で、
取り締まるという権限が看守にはあるということだ。
工場を良くするためなら、看守も少々のことなら目を瞑ってくれる。
「悪いけど出て行ってくれるか」
とヤクザ者、2、3人で引導を渡しに行く。
普通の受刑者が言えば即ケンカになるだろう。
こんな役割はヤクザ者しかできない。
工場のヤクザ者が結束を固めているからこそ成せる技だろう。
いくら行儀の悪い者といえども工場のヤクザ者全員を相手にはできない。
刑務所という所は、男を磨く場所でもある。
弱い者いじめは絶対に許さない。
刑務所での務め方を見ていると
娑婆での生活を窺い知ることができる。
現役のヤクザなら尚更、懲罰になど、行かずに静かに
刑期を満了して出ていくのがヤクザの務め方だ。
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