ADHDのせいで色々な事件が起きる
盃事で名古屋まで行っていた時の事だ。
私はボディーガード、兼運転手なので、
キャデラックのリムジンを運転していた。

帰りの車には親分と私の二人きりだった。
私は運転中だが眠気がしてきて、
少しだけ居眠り運転をしてしまった。
突然、リムジンの後ろのガラス窓が開き
「芹、今、寝とったやろ」
と怒られた。私は
「寝てまへんよ」
シラを切る
「アカン、お前、寝てた、運転変われ」
と言われた
私はリムジンの助手席ではなく、
後ろの広々とした後部座席に乗り込んだ。
私はいつの間にか、眠ってしまい。
気が付いた時には組の事務所の前まで親分が運転をしていた
しかも事務所に着くときには事前に報告することになっている
報告も親分が済ませていたようだ。
リムジンは黒の防弾ガラスで覆われている。
誰が運転しているのか分からない。
事務所に車が到着する
若い者も合わせれば、総勢50名のお出迎えだ。
リムジンの扉が開く、組員全員で
「ご苦労はんです」
と唱和される
この時点で目が覚めた。
こんな場合は、ヘタを打ったと表現する
失敗することを、ヘタを打つという
親分に
「すいませんでした」
と詫びる、親分は
「芹、無理はするなよ」
と優しい
副長も本部長も頭も笑っている。私も笑うしかない…
私は特別、親分から可愛がられた。
ADHDがヤクザをするとこうなる
組の当番の日にも絶対に時間より遅れてしまう
わざとではないADHDによる弊害だ
私はY組の本家当番に何度も行っている。
Y組は当番制で本家を守っている
昼の12:00から次の日の12:00までが当番だ
当番に入る時は、前の当番のK組から、
いつも、お弁当の差し入れがあった。
高級なお弁当だった。
当番明けには組員、全員で本家の近くにある
風呂屋に行くのが習わしだった
夜間に寝ることは禁止されている。その為、
本家当番の時はガレージのそばに小屋があって
そこで花札などして夜を明かしていた。
当番の仕事はガレージのシャッター開閉と
怪しい者がうろついていないかカメラで
監視する、というのが任務だ
当番をしていたある日のことだ、朝の9:00頃に
老人がガレージ横の扉を叩いている画像が映し出された
ボケ老人が家を間違っているに違いないと思った。
本部長が
「誰か注意してこい」
と言ったので、私が注意しに行くことにした。
ガレージのシャッターを開閉するボタンの横には扉があり、
大抵はここから出て、来た車の身元(どこの組)を
確認してからボタンを押してシャッターを開けて中に入れる。
私が扉に近づこうとしている時にも、ガンガンと扉を叩く音がする
周りに響いている。本家は閑静な住宅街にある。
朝からボケ老人め、と思いながら扉を開ける、そして
「コラくそ爺、ここを何処やと思ってんねん」
と言ってやった、すると爺が私に向かって
「お前、何処の若い衆じゃ、ワシの顔、分からんのか」
と怒鳴ってきた。よく見てみると、
直参K一家の親分だった、私は
「すんまへんでした、お入りください」
と謝って中に入ってもらった経験がある
K一家の親分はボディーガードを付けたりせずに
一人で行動することがあると聞かされていた
事務所も本家の近くにある。
K一家の親分に「クソ爺」と言ったのは私ぐらいかも知れない。
ADHDはとんでもないことを引き起こす
ある日、事務所が移転することになって、
私は一足先に新しい事務所でノミ屋をしていた。
ノミ屋とは競馬や競輪、ボートレースを胴元の真似をして
電話で賭けを受けるというものだ。
ギャンブルをする側からしても競馬場やボートレース場に
足を運ぶ手間が省けるというメリットがある。
当時、西成では堂々とノミ屋があって警察も検挙しに来なかった。
新しい事務所に着くと家の下にある
ガレージ前に何時も他人の軽自動車が駐車してある
ガレージ前は道路交通法でも駐車禁止になっている

警告の紙を3回も張ったが、一向に改善する見込みがなかった
痺れを切らした私は軽自動車のガラスを全面割ることにした
お仕置きだ。
事務所にあったバールでフロントガラスから順番に割っていった
もう少しで全面割れるという時に、
たまたまパトカーが通りかかった、運が悪い。
ADHDが、またしてもミラクルを引いた
警察官が下りてきて
「何をしているのか」
と尋ねられた
「見たら、分かるやろ」
と言って警察官の前で最後のガラスを割ろうとした
「やめなさい」
と言われ、事情を説明した。
結果、器物損壊の現行犯という形で逮捕されてしまった。
何時も相手が私を怒らせる事をしてくる
私の前科のほとんどが先に、挑発をくらっている
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