私の事件 ②

私は忠告の通りにしているものと思い込んでいた。

ここからが事件の分かれ目で叔父貴のわるいところだ。

 

何と、その後も知り合いの者を使ってN塚を監禁し続けた。

叔父貴にしてみれば2億円を回収するまでガラ(身柄)を離さない、

そのような算段だったのだろう、なんと愚かな考えだ。

 

私がこのことを知ったのは組の副長からニュースで

「岸和田会社社長誘拐される」

という報道を見たけど

「芹ちゃんの仕業やないやろな?」

の一言だった。あかん事件になってしもたと思った。

 

あれほど事件になると言ったのに、クソ叔父貴めと思った。

私はまんまと実行犯に仕立て上げられてしまった

副長には

「ええワシ、事件に絡んでます」

と言った副長は

「今すぐ、体かわせ」

一旦逃げろと言うことだ

「銭は持ってるか?」

と聞かれたので

「5万円ぐらい持ってます」

と答えた

「それやったらあかん、今から事務所に行く」

と言って50万円を持たせてくれた

それとちょうど同じ頃、組では集会があり

近所のレストランに30名ぐらいが集まっていた。

 

山本の叔父貴もそこにいた。私はたまたま用事で事務所に帰っていた。

そこに総勢40名くらいの刑事が山本の叔父貴と私を逮捕しに来た。

叔父貴はN塚の携帯電話を持っていて、そこから位置情報を特定され逮捕された。

 

私はまだ事務所にいてこの一報を聞いたので、慌てて事務所から出た

私は自分の車から友人の車に乗り換えてすぐに岐阜県に飛んだ

 

山本の叔父貴はその場で逮捕された。叔父貴の供述から監禁場所が割れて

警察はすぐに監禁場所に急行した。

 

監禁場所には三浦と叔父貴の知り合い(森下)の二人がいて二人はその場で

現行犯逮捕されてN塚は二日ぶりに解放された

 

事件の関係者は私を除いて全員が逮捕された。

私の逃亡生活は約一ヶ月に及んだ。

 

その間、警察は私の身辺、何箇所にも嫌がらせでガサ(家宅捜索)入れをしてきた。

私は副長の舎弟で親分の若い衆だ。副長の家や副長の女の家にも、

また組の顧問の自宅にまでガサ入れをしてきた。

 

親分と府警本部との話し合いで8月の20日に出頭させますと言う話が決まった

警察は出頭日が決まっていても、それ以前に逮捕したりすることがある、

汚い真似を平気ですることが分かっていたので

大阪には一切戻らず飛騨高山で過ごした


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