元ヤクザが刑務所をメッタ斬り

受刑者の心理

受刑者は自由を奪われ、規則に縛られる。

そんな中で生活しているため娑婆だと

何でもないようなことでも腹を立てたり、

ケンカをしたりと了見が極端に狭くなっている。

男の妬み、僻み、嫉み、恨み、みっともないこと、比の上無い

組長クラスが、やれ俺の蕎麦が少ないだとか、

 

汁が少ないだとか言うものではない。

考えることが無いからそんなことを考えるのだろう。

 

娑婆で、友人とうどん屋に入って、

きつねうどんを2つ頼んで、きつねうどんが来た時に

 

いちいちアゲの大きさや汁の多さを見比べたりはしないだろう。

刑務所だからこうなる。

 

受刑者たちは常に、窮屈、退屈の矛先を捜す。

矛先は弱い者に向けられるのが常だ。

受刑者たちは他人のことが気になってしょうがない。

 

受刑者の4分の1は覚せい剤だ。

この連中は勘繰りが酷いことが特徴で

現実と非現実をごちゃ混ぜにしてしまう。

 

懲役では悪意はなくとも人の噂話をする場合がある。

大抵は人の噂話というものは悪口か何かだ。

 

現実とは違うことが噂となって飛び交うと

収拾がつかなくなってしまうことがある。

人の話をしない。悪口は聞かないが懲役の鉄則だ。

 

ある日、木村という受刑者が部屋から放り出された。

懲役では雑居に居づらくなったりすると、

自分で入口のドアを蹴る。

 

これをドア蹴りという。看守はその場で

 

「出て来い」

とすぐに上げてくれる、これで工場と舎房にさよならだ。

 

刑務所では、部屋の出来事は工場の者に

言わないという決まりごとがある。

 

N本は工場内をブラつく時は必ずと言っていいほど

木村の役席に行き、

 

「何か変わったことはないか?部屋はいけてるか」

と親切心で声をかける。

 

同じ部屋の者や、他の受刑者らがどのように

考えるかということをN本は考えない。

 

他の受刑者がどのように考えるかというと、

何か部屋で起きたことを、

逐一N本に報告しているのではないかと勘繰る、工場の者から、

 

「木村さん、何かおかしいのと違う?」

と言われれば部屋の者は木村を詰めないわけにはいかない。

 

しっかりした者であればここで、

「木村もこぼしてたわ、N本がしょっちゅう

話しかけてくるから変に思われたりするから迷惑や」

と言っていたとフォローでもするのだが…。

 

実際に木村の役席は工場の端なのでよく目立つ。

そろそろN本に注意しなくてはと思った矢先の出来事だった。

案の定、木村は部屋で詰められていた。

 

「N本に何か言うとるやろ」

と…このようなことを言われたら、気まずくなり、

もう部屋の者と仲良くはやって行けない。

 

ドアを蹴って上がるしかない。

N本の受刑者に対する配慮が足りなかったから木村は上がった。

何故、木村があがったのかN本に説明してやった。

N本は、また取ると言った。

 

また取るとは懲罰が明けたらまた元の工場に戻すという意味だ。

そんなこと本人が嫌がるだろう。

 

どこが大阪刑務所で一番の刑務官なのか言ってみろと言いたくなる。

 

こんなこともあった。計算工の役席というのは、

工場担当と同じ向きで受刑者と向かい合わせになっている。

 

ある日、私の前の役席の井川という受刑者が脇見で上げられた。

普通は小票を切られ、工場に戻ってくるのだが、

しばらくするとN本が私に、

 

「井川は落ちたからな」

と言ってきた。落ちたとは取り調べに上げられたということだ。

懲罰になるような違反ではなかったはずなのに…

 

一週間程してからN本に呼ばれ、

井川が上がった時に何か言ってなかったかと

 

聞かれたので私は何も聞こえなかったと答えた。

井川を上げたのはK谷という看守でN本が可愛がっている後輩だ。

 

井川を連行する際に口論にでもなったのだろう。連行中は看守とは、

一対一なので暴言を吐いたとしても証拠が無いので、せいぜい叱責だ。

 

K谷は連行中に暴言を吐かれたことが許せなかったのだろう。

K谷は体重100キロを超える巨漢だ、

ブタなど暴言を吐かれたに違いない。

 

K谷はN本に相談したようだ。N本のことだからK谷に

 

「俺にまかせとけ」

とでもいい格好をしたのだろう。N本が私の役席に来て、

 

「実はお願いがある」

と言う。N本のお願いはロクなことがない。

 

井川が上げられた時に井川が、

 

「時計を見ただけでんがな」

と聞こえた、と事務所で証言してほしいということだった。

 

要するに井川を担当抗弁で上げるために

虚偽の証言をしてくれということだ。

たとえ井川がそのようなことを言っていたとしても、

それを事務所で証言するつもりはない。

そんなことをしたら受刑者から何を言われるか分からない。

 

それでなくとも計算工は工場長とうまくやって自分だけ、

楽をしていると思われているのに。

 

私の場合は特に先輩、後輩の仲でうまくやっていると

思っている者もいる、私ははっきりと断った。

 

N本は自分さえよかったら受刑者はどうなっても

よいということがよく分かる。

 

昔に受刑者の変わりはいくらでもいると言った言葉が鮮明に蘇る。

 

N本は薄情な人間だ。

N本に思いやりを持たぬ者は思いやってもらえないと

教えてやったこともある。

 

格好ばかりをつけたがる。

軽挙妄動だとか軽佻浮薄という言葉がよく似合う男だ。

 

罵り出すとキリが無い。

こんな話も受刑者の耳に入り、

 

工場長としての信頼や威厳も失っていく。

もう何枚メッキがはがれたことか…。

 

N本は機嫌のよい日と悪い日が極端だ。

機嫌のよい時は各役席に赴き、変態話で盛り上がる。

 

機嫌の悪い時は規則を徹底する鬼と化し、

班長であろうが関係なく上げる。

 

普通は工場長になると受刑者を脇見や不正交談というような

小票で処理されるようなことで上げない。

 

そのような仕事は助務や助務交代の仕事だ。

N本の機嫌が悪い時には嵐が吹き荒れる。

 

こんな暴君に愛想を尽かし班長連中が上がると言いだしたことがあった。

N本は上がる理由すら聞かない。

代わりはいくらでもいると思っているからだ。

 

N本に何故、理由を聞かないのかと尋ねると、

「次に誰か班長させたら、その人間に感謝されるやろ」

と言う。あまりにも幼稚な答えに返す言葉がない。

 

受刑者たちはこんな人間に進んで追従をする。

少しでも楽な役席に行きたいからだ。

 

そのようなことをするから勘違いをするのだ。

刑務官の本音を垣間見た。

受刑者と刑務官とは所詮、こんなものだ。

 

刑務所という所は看守のやりたい放題で、

看守の機嫌を損ねると不利益を被ることになるので、

 

看守に気に入られようとする受刑者ばかりが存在する。

見え透いたおべんちゃらや、胡麻すりが上手い受刑者は、

得をするが、敢えてしようとしない人間は損をする

 

看守の中には調子のよい受刑者を嫌い、

不器用だけど男気のある者を気にかけてくれる看守もいる。

 

言葉にならない不器用な男の気持ちが交錯する、

刑務官、受刑者という立場ではあるが、

一人の人間として心で接して下さる看守もいた。

 

極道であろうが看守であろうが、

飾らずに生きている者とは何か通じ合うものがある。

言葉などいらない。

 

男しかいない世界なので、男らしさが浮き彫りになる。

どれだけ魅力のある者がいるのかと思ったが、

ことの外少ないことに落胆した。

 

 

今日もN本の嫌がらせは絶好調だ。

医務回診で値打ちをつけ、気に入らない者には回診をつけない。

 

さすが大阪刑務所で一番悪いと言われるだけのことはある。

 

看守も悪けりゃカラスも悪い。

大阪刑務所には何羽かのカラスがいる。

カラスは本当に頭のいい鳥だ。

 

花壇で羽をバタバタさせているカラスがいる。

どこか負傷しているのか飛べないようだ。

そこに猫が狙いを定めた、一歩、一歩、忍び寄る。

 

その様子をもう一羽のカラスが屋根の上から見ている。

猫は姿勢を低くして、

忍び足でジリジリとカラスとの距野を詰めていく。

 

カラスとの距離が2mぐらいになった時、

屋根にいたカラスが急降下でネコの臀部に突進した。

 

ネコはもんどり打ってひっくり返る。

今まで飛べなかったカラスは、

 

急に舞い上がり突進したカラスと共に、

建物の屋根に止まりカァーカァーと交互に鳴く。

どうしてもアホー、アホー、に聞こえる。

カラスは人間のことまで馬鹿にしている。

刑務所には雨が降っても工場に出役できるように、

屋根付きの通路がある。

 

晴れていても面会や事務所に行く時はこの通路を通る。

通路と通路が交わる所では屋根が交差する。

カラスは交差した下の部分にいて、人が通ってくるのを待っている。

 

人が近づくにつれカラスは向きを変え、お尻をこちらに向ける。

カラスの下を通過しようとすると、

人が通るタイミングに合わせて糞を落とす。

 

まったく人を馬鹿にしているとしか言いようがない。

娑婆で、こんな悪いカラスを見たことがない。


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