夏、刑務所工場内の室温は35度を超えることがある。

工場内には5台の扇風機がある。

 

扇風機を回すか、回さないかは、

工場長が決めることになっている。

 

刑務作業は毎朝8時前より開始される。

工場の温度が27℃を超えると扇風機をつけてもらえる。

 

しかし刑務所で定められた規則はない。

扇風機が回っている時と回っていない時では

暑さが格段に違う。

 

暑い、暑い、汗が滴り落ちる。

担当台で立っているN本の顔からも、

汗が滝のように吹き出している。

 

受刑者を監視しながら何度もハンカチで汗を拭う。

 

工場の温度は30℃に近い。誰かが扇風機を要望すると、

 

「今つけたろうかと思ったけど誰々が言ったのでつけたれへん」

と子供みたいなことを言う。

 

N本の性格の悪さを知っている受刑者たちは、

まだかまだかと、只管に耐える。

 

N本自身も汗で、ボトボトになりながらも、

受刑者の暑さに喘ぎ苦しむ姿を見るためなら、

自分がいくら辛くても我慢できるという、ドS看守だ。

 

N本に一度尋ねたことがある。

 

「何でそんな意地の悪い事をするのですか」

と、するとN本は

 

「もっと暑くなってから扇風機をつけたら、

みんな俺に感謝するやろ」

と言う。冗談だと分かっているが一応聞いてみる。

 

「本気ですか?」

N本は、

 

「みんなに感謝してもらいたいもん」

と言う。普段からN本は〝俺のおかげで〟

と言うことをよく口にして恩着せがましいことを平気で言う。

 

N本様が本気で言っているのだということが、

よく分かった全員で“ありがとうございます”と唱和するので

早く扇風機を回せ。

 

 

感謝してもらいたいから扇風機をつけない。

こんな理由のために受刑者は

熱中症と戦う。国家公務員としての資質を問いたい。

 

大人のすることではないだろう。あまりにも幼稚すぎる。

 

実はN本は地元の後輩にあたる。

刑務所の服務規定には、そのような関係の人間が

管理しようとする工場に服役している場合は、

事務所に報告することが義務付けられている。

 

これは不正な利益供与を未然に防止するため、

刑務官が遵守しなければいけない規則である。

明らかな服務規定違反だ。

 

事務所に私との関係を報告した場合、

他に受け持てる工場がなかったのだろうと推測する。

 

工場長の意地が余りにも悪いので、

受刑者も暑さを凌ぐ方法を彼是と考える。

 

清水(46) 覚せい剤所持、使用  懲役3年  5回目

 

受刑者は作業中にどうしても便を催すことがある、

その場合は役席で黙って右手を上げる。看守が

 

「要件」

と尋ねるので

 

「用便、お願いします」

と言う。

 

「よし」

という看守の許可がなければ役席を離れることができない。

 

勝手に役席を離れると無断離席という

規則違反で懲罰の対象となる。

許可をもらえば、担当台まで駈足で行く。

 

受刑者は運動場以外では走ることを認められていないが、

便所に向かう時と役席に戻る時はこの限りではない。

駆足で行わなければ叱られてしまう。

 

担当台で帽子を脱いで一礼してから

 

「称呼番号、氏名(フルネーム)」

を言ってから、もう一度、要件を言って

許可をもらわなければならない。二度手間だ。

 

「用便、お願いします」

 

「よし」

帽子をかぶり便所に駆け足で行く

受刑者は何をするにも看守の許可を取らなければならない。

 

非常に面倒だが規則なので従うしかない。

 

用便を済ませると、また担当台まで駈足で行き、

帽子を脱ぎ、一礼をしてから

 

「用便、終わりました」

と報告して

 

「よし」

と、また許可をもらってから、

駈足で役席に戻らなければならない。三度手間だ。

 

これは、どこの刑務所でも同じだ。

神戸刑務所では工場内を走ってはならないという規則がある。

走ると叱られる

 

休憩時間のすぐ後に用便を申し出ると

 

「休憩時間に行ったのに何でや?」

と文句を言われる。

 

また、休憩時間前だと

 

「休憩時間まで待てないのか」

と文句を言われる。

 

受刑者は言い返すことができないので、

好きなだけ文句を言われる。

 

看守に嫌われるとダラダラと文句を言われ、

なかなか便所に行かせてもらえないという

嫌がらせを受ける

 

清水の作業場は造花を製作しており、

当時は私が班長をしていた。

 

作業にはハサミを使用する。

清水は便所でワキ毛とチ〇毛を散髪してくると言い、

ハサミを腰の部分に隠し持ち、

許可をもらって便所に行く。

 

神戸刑務所では作業中、便所に行く際は看守の

ボディーチェックを受けるが

大阪刑務所ではそのようなことは一切しない。

 

清水が用便から帰ってきて

 

「涼しいわ、班長もしなはれ」

と散髪を薦める。

そんなことで涼しくならないだろうと疑いの目を向ける…

清水は私に

 

「一度、騙されたと思ってやってみて下さいよ」

と執拗に、薦める。よし騙されてみよう。

 

「用便お願いします」

私もハサミを隠し持って便所に向かった。

 

チョキ、チョキと散髪をした。

こんなことが見つかれば懲罰に決まっている。

 

散髪を終え、便所を出て担当台に向かって走り出した瞬間、

 

「“うッ 何だ、この涼しさは“」

今まで風が届かなかった所に風が届く、涼しいやないか。

 

さすが何度も懲役に来ているだけのことはある。

涼の取り方が違う。

 

この日、造花班は全員が無断散髪をした。


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