お帰りなさい

宮武 (55)   常習窃盗   懲役4年6月

 

懲役は10回以上のベテランで、秋田・府中・川越・

京都・大阪・神戸・広島・福岡と広範囲に渡ってお務めだ。

 

ある日、N本に、

 

「宮武は、ロッカー番号4番だったなぁ」

と聞かれた。覚えていたのでそうですと答えた。

宮武は3ヶ月前まで私たちの工場で

衛生夫として務めていた受刑者だ。

 

小柄でかわいいおっちゃんだ。

長靴をはいてモップを持って、工場内を

スイスイと水すましのように泳いていく。

懲役は全く苦にならないようだ。

 

刑務所ではモップのことをズボラという。

床掃除をするのに立ったまま横着ができるのでズボラという、

関西では横着なことをズボラと言う。

 

刑務所のズボラは普通のモップより大きくて、

ちょうど野球のグランドを均らす、

トンボのような形をしていて先に毛布が付いている。

 

ズボラという言葉は刑務所だけで通じる刑務所用語なのかと

疑問に思い、娑婆で通じるのか試してみた。

食料品も日用品も扱うスーパーが近くにある。

 

日用品売り場で店員に尋ねてみた。

 

「ズボラはありますか?」

店員はしばらく考えてから、

 

「1階の奥が鮮魚売り場になっております」

と教えてくれた。

 

たわけ、そんな所にズボラが並ぶか。

そんな魚、聞いたことがない。

 

ボラなら知っているがあんな臭い魚、

魚売り場で見たことがない。

 

猫も食わないでボラを跨ぐことから別名、猫跨ぎという。

やはりズボラは刑務所用語だ。

 

宮武は車を専門に盗む。一人でするので単独犯だ。

車の窓ガラスを割ったり、鍵をこじ開けたり、

そのような面倒なことは一切しない。

 

どのように車を盗むのか、まず1日目は深夜に

自分の車で住宅街を流しながら、

どの車を盗むのか目星をつける。

 

2日目、同じ時刻に自分の車を少し離れた所に

駐車して歩いて目星を付けた車のところに行く。

 

宮武は玄関から堂々と他人の家へ入る。

田舎の場合は大抵の玄関は空いているらしい。

 

もし玄関が閉まっていても庭が空いているという。

両方が閉まっていた場合は諦めると決めている。

 

車のキーは下駄箱の上か台所のテーブルの上にあると言う

後は車に乗って逃げるだけだ。実にシンプルな窃盗だ。

 

車はその足で売りに行く。

専門のブロカーがいて24時間現金で買い取りをしてくれる。

 

ガラスを割ったり、キーボックスを壊したりしないので、

車は高く買い取ってもらえる。

 

宮武は車を現金に換え始発電車を待つ。

始発で自分の車を駐車した最寄りの

駅まで行き自分の車を取りに行く。

 

この時どうしてもやめられないのが自分の車で、

車を盗んだ家の前を通過することだと言う。

 

この瞬間がたまらないのだと宮武は言う。

車は2、3日後には日本から無くなってしまう。

 

宮武は車しか盗まない、家に入るのだから

金目の物を一緒に盗めばいいものを、

カードや時計、宝石は足がつくから盗まない。

 

車盗をする者は大抵が覚せい剤を使用している場合が多い。

 

盗むという行為、またその他の違法行為を犯すにあたって、

法律に抵触するという認識はあるものの、

抑制する能力が著しく低下しており、犯罪に手を染めるケースが多い。

 

犯罪の背景には必ずしも、覚せい剤による

影響が要因であるとは言い切れないが、

 

B級刑務所に収監されている受刑者の大半は

覚せい剤と他の犯罪といった者が多い。

 

宮武は覚せい剤を全くしない、一度もしたことが無いと言う。

宮武は生粋の車泥棒だ。

 

今回はどうして逮捕されてしまったか。

車の鍵が下駄箱の上に無かったので、台所に移動した。

 

宮武は家に上がる際に、ご丁寧に靴を脱いで上がった。

車の鍵は案の定、台所のテーブルの上にあった。

 

車の鍵を盗んで玄関を出る際に、靴を履き間違えてしまった。

途中で気が付いたが、引き返すわけにはいかない。

 

犯行の手口から警察は宮武の靴ではないかと捜査を始めた。

調べてみると宮武は3ヶ月前に刑務所を出所している。

 

宮武が履き間違えて置いてきた靴は、

刑務所で使用していた靴で、

踵の部分に4という数字が書いてあった。

 

4というのは宮武のロッカー番号だ。

今回、娑婆に居たのは3ヶ月だった。

 

今回のお務めは、つい先日までお務めしていた

大阪刑務所に決まった。 宮武さん、お帰りなさい。


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