先ほどの事件で警察に出頭するまでの間、逃亡生活を送っていたのが

岐阜県の飛騨高山だった

 

そのことについても少し話をしよう

この事件が起きる2年前に飛騨高山で

古代歴史博物館という建築物が建造された。

 

この建物の外壁工事を任されたことがあった。

 

 

私はヤクザもしていたが建築石材の会社も経営していた。

芹沢石材という会社だ。私は二束の草鞋を履いていた。

 

ヤクザだけでは食べていけないことを

知っていたので堅気の仕事もしていた。

 

古代歴史博物館の建設期間は長く3ヶ月間も飛騨高山に滞在した。

自然が美しく食べ物もおいしかった。

川で飛騨翡翠といわれる原石を採取した、

 

また、山の粘土層から出る水晶も採取して楽しんだ

話は刑務所から逸脱するがブログでは好きなことを

書こうと決めている。

 

時折、話が飛躍するがご了承願いたい。

私には障害があり、そのせいで話があちらこちらと飛ぶ

 

ADHD(注意欠如、多動症)とASD(発達障害)という障害だ

障害は大人になってから判明した

 

幼年期や小学生のときに、何か普通の子と違うと感じた母が、

私を2度も病院に連れて行ったことがある

 

その時は、今のようにADHDやASDが

 

認識されていなかった時代だった。

生きていく上で何か、不便だなと感じ続けてきた

 

ADHDがヤクザをすると、という

見出しでブログを書いてみたいとも思う

 

石材工事と言ってもいろいろな種類がある。

 

墓石から公園の雑石を施工する環境石材、

マンションのエントランスホールなどに石を張る建築石材がある

 

私の場合は建築石材から入ってそれだけでは食べていけない、

要するに仕事が切れることもあるので環境石材にも手を出した。

 

石の職人は環境なら環境だけしか出来ない、

建築なら建築しか出来ないというのが常識だ。

また、私の場合両方を覚えて若い者に伝授していった。

 

石屋の始まりは、私が25歳のときで私の組の親分が

自分所の会長の手形を飛ばした

当然、組は解散になり、私は親分に

 

「2年だけ辛抱して堅気になってくれと」

と頼まれたので、後輩が雇われている石屋を手伝うことにした。

 

私には2人の子供と妻がいた、堅気の世界で飯を食うからには、

どんなことがあっても辛抱しようと強く心に決めていた。

 

入社した当時、私は25歳、バリバリのヤクザからの転身であった。

今まだは、目上の大人までが芹沢さんと、さん付けだった。

 

華やかな世界から職人一年生だ

石屋では16歳のガキに

 

「おっちゃん、セメント、練ってきてくれや」

とため口でコキ使われた。

 

「おっちゃん」

だと、クソガキには、しつけが必要だと思ったが、

思い切り我慢した。妻子の顔が浮かんだ

職人の世界は経験がものをいう世界だ

 

これがなんとも、悔しくて、悔しくて、工事現場の汚い、

ぽったん便所でこっそりと涙を流した。

 

 

私は毎日、毎日、図面の勉強を夜遅くまでして仕事を覚えていった。

半年後には、そのガキに、

 

「セメント、練って来いや」

と言い返せるまでに、なっていった。

 

私はメキメキと頭角を現し石工を極めていった。

通常であれば親方になるまで8年はかかる

丁稚3年、奉公5年と相場はきまっているが

私の場合2年で親方になった。

 

大阪の石屋業界には親方会というものが存在し、

約40名位で構成されているのだが、

 

満場一致で私が親方になることを許可してくれた。

異例の速さだ。

 

 

先ほどの建築物の話に戻ると

古代歴史博物館の外壁だが世界で初めての

施工方法で施工することになった。

 

というのも、今までの外壁の施工法であれば、

仕上がってから何年かすると

目地の部分からセメントの成分が染み出し、

白化現象が発生して汚く見える。

 

これを払拭するために日本で一番大きな石材会社である、

Sヶ原石材の責任者と大阪を代表する環境石材会社の

M国産業と私との間で会議が開かれた。

 

私が耐震構造も視野に入れ、建築石材の施工方法を融合させた

施工を提案した。

 

通常であれば雑石の裏側はセメントである、しかし

雑石の裏側が空洞になる建築石材の工法を活用し、

雑石を金物で固定するという世界初の試みをした

 

多くの大手建設会社がこの施工法に興味を持ち飛騨高山に来た。

そのたびに施工方法の解説をした。

 

会社は順調に成長していった。職人を13名、抱える会社へと成長していった。

 

私は何かを発明することが好きだった、

ADHDの作用が顕著に表れている

 

下記の写真を見てほしい

 

見てほしいのはパワーストーンの方じゃなくて

玉と玉との間に挟まっているものだ

 

図で説明するとこうなる

 

 

私は、これを発明した。【保護パッド】と言う名称にした。

玉と玉の摩擦による劣化を防ぐ役割をしている

 

最近では高価な宝石までもがブレスレットになっている

石の硬さを表すものにモース硬度と言うものがある

 

実はモース硬度が9もあるサファイアでも、

お互いが硬いため摩擦で石が擦り切れていく、

 

かといってモース硬度4のインカローズでも同じ現象が起こる

石のことを本当に大切に思っている人にとっては必須アイテムなのだ

 

私はホームセンターで塩化ビニールのシート(厚さ0.3mm)を購入して、

京都にあるスパンコールを制作している会社に制作を依頼した

見事に私の考えが反映された製品が完成した

 

 

私はこれを特許庁に申請した。

手続きはややこしかったが全部、自分でした

ここで初めて特許の維持費や審査にかかる

費用が高額なことに気が付いた。

 

当時の私にはこれらの費用を捻出するだけの経済力がなかった

3年間が経過したが審査をしてもらう費用を捻出できなかった

3年間、放置すると出願は、みなし取り下げとなってしまうのだ

断念した。悔しいが現実は厳しかった。

 

最近、発明王に俺はなる、という

歌詞の歌を聞いたことがある。いい歌だ。

 

また話がぶっ飛んでしまった。

だから話があちこちに散乱するが、私は散りばめられたと解釈する

まるで星屑のようだ。スーパーポジティブな考え方だ

 

私の世界は普通とは少し違う、

この辺を覚悟して私のブログを読んでほしい。


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