私の事件 ④

私が

「ワシ、何も悪いことしたとは思ってませんねん、詐欺師捕まえただけですよ」

と言うと

「そやなあ、悪いんはN塚やし、山本もやり方がまずいねん。

お前さんはそのとばっちりてとこかなあ、

 

あのなあ芹沢よ、詐欺師、捕まえんのはワシらの仕事や、お前さんらやない」

と同情してくれた。

 

一応、事件は大阪府警本部の事件だが私は堺北警察の留置所で預かられることになった。

府警本部の刑事は優しかった、普通はもう調書を巻くと用事が無いので

留置所でほったらかしにされて移管されるのを待つという暇状態になる。

 

しかし府警本部の刑事は調書を巻き終わっても

毎日、堺北署に来て私をドライブなどに連れ出してくれた。

日曜日にも来てくれた。

 

勾留されてから15日ぐらいしたある日

「芹沢、今日はちょっと変わったところにドライブいくぞ」

と山田のおやじさん(刑事)に言われた

「ジャジャン、ガサ入れです」と言って令状を私に見せる。

 

どこにガサなんか入れるのかと思ったら、私の借りていたガレージだと言う

ガサ入れとは家宅捜索のことをいう

 

私はガレージを二つ借りていて警察はそれを知らないと高をくくっていた。

普通ガサは自宅に入れるものだが自宅にも入ってなくて、

もう一つ仕事用に借りていたガレージにもガサは入っていない

わたしが拳銃を隠し持っているガレージにだけピンポイントでガサが入った

おかしい、偶然にしては出来すぎている。

 

「おやっさん、今日はガサやめて、カレーでも食べに行きませんか?」

と振ってみた

「そうは言うても、一応、裁判所からの命令やから逆らうわけにはいかんなあ」

と山田のおやじは言う

ああ、これはやばいことになるなと思った

 

私は親分のボディーガードをしていたので、

いつも薄めの防弾チョッキとホルスターに38口径のピストルを忍ばせていた。

 

もし相手が撃ってきたら応戦しなければいけないからだ。

それと私は数多くのヤクザをしばきあげている。

 

何時、報復で襲撃されるかわからなかったからだ。

何時でも戦闘準備は整えておかなければならない。それがヤクザの世界だ

 

話は逸れるが私がヤクザになったきっかけは友人の誘いもあるが、

ヤクザ界に菅原文太や高倉健のような男らしい本当の

男がいると思ったから任侠界に足を踏み入れた。

 

しかし、何年経っても文太兄や健さんのような人はいなかった。

ヤクザはみんな汚く、穢れていた。

 

さて私を乗せた車ともう一台の車がガレ-ジに着いた

「ガサ入れ止めません?」

「あかん」

 

「僕の家にしませんか」

「あかん、ここの住所書いてある」

「芹沢、やばいもん、あったら先に言うとけよ」

 

「そんなもん、ありませんよ」

と言い切る

仕方が無くガレージを開ける。


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