ケンカ ②

私たちの工場にはアリという名のイラン人受刑者がいた。

コカインの密輸で逮捕され懲役6年という刑期で服役しており、

出所まで2カ月を切っていた。

 

受刑者が刑務所から出るには仮釈か満期かどちらかしかない。

大抵のF級受刑者(外国人)は仮釈放で帰る。

F級受刑者の場合は受刑態度が真面目なら

刑期の5分の1は仮釈をもらえることになっている。

 

日本人は1年で1ヶ月程度しかもらえない。

アリは何度も懲罰を科されているので、仮釈放の対象から外れていた。

 

満期で出所する者は、出所日が近くなると、

どうせ刑務所にいるのも、後少しだから懲罰になろうが、

どうでもよいという考え方で務める者がいる。

刑務所では満期風を吹かすという。

 

アリも満期風を吹かせ、検身所でわざと肩をぶつけたりして

誰彼なしにケンカを売っていた。

 

行儀の悪い務め方に憤りを感じる受刑者も少なくなかった。

 

私たちの工場は、車の窓についている、

雨除けのバリを取り除く作業をしていてた。

 

工場にはベルトコンベアーが設置されおり、

受刑者が一列になって流れ作業をしていた。

 

アリは、一番先頭で材量をベルトコンベアーに乗せる仕事をしていた。

 

 

アリは普段から、日本のヤクザをバカにしており、

工場のヤクザ者と何度もケンカになりかけたことがあった。

 

いつものように作業をしているとアリが、

後方で作業しているヤクザ者に中指を立て挑発をした。

かかってこいやのサインだ。

 

戦闘開始のゴングが鳴った。

中指を立てられたヤクザ者は、後方から走って行き、

アリに飛びかかった。

 

すぐに何名かが、ケンカに加勢した。

それを見て、また何名かが役席を離れ走り出した。

 

みんなアリを殴るためだ。10人以上の

受刑者が加勢しアリを袋叩きにした

 

現在では工場にカメラが設置されており、

誰がケンカに加勢したかが分かるようになっている。

 

この頃は工場にまだカメラが設置されていなかったので、

ここぞとばかりに日頃の恨みを晴らすべく役席を離れる者もいた。

 

非常ベルが押されてから看守が来るまでに2分はかかる。

 

その時、工場の助務であったF吉という看守が

身を挺しアリに被さりアリの身を守った。

 

刑務官として立派な行動だ、こうなっては手が出せない。

F吉看守をアリから離そうとする者もいた。

 

F吉看守のメガネは壊れ、制服は肩まで破れている。

誰かに服を引っ張られたのだ。

 

今だから言えるが申し訳ないことをした。

F吉看守はこの事件以来、勇気ある刑務官として尊敬され、

受刑者の間でミスター刑務官と呼ばれるようになった。

 

刑務所では理由がなくてもケンカになることがある

私が入所した当時は雑居房に7人が収容されており、

前川という受刑者が入ってきて8人になった。

 

前川が部屋に入ってくる前に看守から

 

「新入、少し頭おかしいけど頼むわ」

と言われていた。

 

夕食の時に他の受刑者が、昭和枯れすすきを

歌いながら、おかずを配っていた。

 

 

何が気に入らなかったのか前川は突然、

ご飯を机に叩きつけ歌を唄っていた

受刑者に飛びかかっていった。

 

しかし相手が悪かった。

かかっていった相手はヤクザ者で、ケンカ慣れをしている。

 

前川は反撃され顔面にパンチを何発も食らった。

他の受刑者がベッドの上から前川に飛び蹴りをお見舞いする。

 

看守が

 

「やめんか」

と窓から叫ぶ。

 

看守が大勢来て舎房の扉が開けられた。看守に

 

「出てこい」

と言われているにもかかわらず前川は出て行こうとしない。

 

私は前川に

 

「早く出て行けよ」

と言った。たったこれだけのことで私も取り調べとなった。

 

私は一発も殴っていない、取り調べは2週間程かかる。

工場に出る事もなく、懲罰房に入り

取り調べを受けるのを待つだけだ。

 

懲罰を執行されているのと然程、変わらない。

 

私だけが不問となり3名は

懲罰となった、交通事故に遭ったようなものだ。

 

刑務所で普通に生活するということは、なかなか難しい。

自分が悪くなくとも、唆された受刑者が何時、

殴りかかってくるかわからない。

 

刑務所では人の悪口に相槌を打っただけで、

自分が悪口を言っていたと言われることがある。

 

刑務所では人の話をしない、悪口は聞かないというのが

鉄則で上手な務め方だが、なかなかそのようにはいかない。

 

刑務所で油断は禁物だ。

部屋の便所の中でも油断はできない。

懲役慣れしている者は大便をする際にも隙を見せない。

 

刑務所の便器は和式なので普通に座ると背中を見せる事になり、

背後からの攻撃に対処できない。

 

 

しかし反対向きに座ることによって、

他の受刑者の動きを見ながら用便を済ますことができる。

 

ゴングはいつ鳴るか分からない。

食事中だろうが入浴中だろうが、

塀の中にいる限り安心する場所はない。

嘘のようだが寝ている時にもゴングは鳴る。


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