私も妻も猫が好きだ。私が住んでいるマンションはペット飼育禁止になっている

しかし、飼っている人もいる。

 

ある日、妻とホームセンターに行ったときにペットコーナーに立ち寄った。

私はアビシニアンという雄の猫に一目惚れしてしまった。店員さんが

「抱っこしますか?」

と聞いてきた。商売上手だと思った。

 

妻と相談しますと言って、その日は帰った。帰ってから頭の中は猫の事ばかりで

睡眠もうまく取れなかった。

 

次の朝、妻に

 

「猫、ほしいです」

と告げた。経済的には余裕があった。妻は

 

「あなたが、家族に迎え入れるなら、それでいいよ」

と言ってくれた。朝一番にペットショップに向かった。

誰かが買う前に私が買うと決めた。

 

店員さんに

 

「抱っこさせてください」

と言ったら、すぐに抱っこさせてくれた。

短毛種なので手触りが良い。おとなしそうだ。

アビシニアンには毛色が4種類あり赤みがかったのがレッド、ブルーグレーなのがブルー、

ミルクティーような色合いがフォーン、最も代表的な赤褐色がルディ、

私が抱いているのがルディの子猫だった。

 

生後、半年が経過していた。どうして売れ残ったのかというと値段が高すぎたためだと思う。

保険やら全て入れると40万円ぐらいになる。

 

半年経って値段が下がった、それでも30万円はした。

 

その日にすぐ連れて帰りたいと言った。

ペットショップでトイレや砂やご飯や爪とぎや移動カバンを用意してもらった。

 

連れて帰ってきた。今日から家族の一員だ、よろしくね

 

毎日、仕事が終わるのを楽しみにしていた。急いで帰った

この頃、私と妻はA型事業所に勤めていた。朝、10時出勤の午後3時半が終わり、

いつも4時には自宅に着いていた。

 

私たちが留守をしている間、猫がどうしているのかが気になって家の中を映すカメラを買った。

猫の名前は私が決めてもいいと妻が言ったので

「歩」と名付けた。共に人生を歩みたいから、そう名付けた。

 

もうかわいくて、かわいくて仕方がない。歩君と紐で1時間くらい遊ぶのが平気になってきた。

いつでも歩君ファーストで生活していた

どうか幸せが続きますようにと神に祈った。

 

しかし、その願いは長くは続かなかった

 

歩君がFIP(猫伝染性腹膜炎)に罹ってしまった。

かつては不治の病とされていたが近年では抗ウイルス薬の登場により

長期寛解や完治が目指せるようになってきた。しかし残念なことに薬が高額である

 

寛解するまでの治療費が300万円ほどかかるのだ。

ここに目を付けたビジネスが世界中で展開されている

中国産のムティアンという薬が出回るようになった。かなり高い。

 

歩君の命には代えられない。

ちなみにFIPには2種類あってお腹や胸に腹水がたまるウエットタイプと

各臓器に炎症や腫瘤ができるドライタイプがある

歩君の場合はこのどちらにも該当した。目の前が真っ暗になった。

 

どうしても助けてやりたい、妻と相談して治療する方向にした。

毎週の動物病院通いを1年間続けた、使用された薬はモルヌピラビルという新しい薬が投薬された

治療が始まった。84日間投薬をして様子を見るというものであった。

 

妻は朝、昼、晩、と歩君に薬を飲ませ続けた。簡単には薬を飲んでくれない。

カプセルなのだが一度、失敗すると溶けてきて中身が出てきてしまう。

非常に苦労したと思う。一時的によくなった時期もあったがすぐに悪化する

 

難儀な病気だ、歩君の場合は治療の延長も行った。毎月の薬代だけで16万円位はかかった。

 

結局、投薬は120日間続けられた。最後は緩和ケアに切り替えた

治療は最善を尽くしたので後悔はしていない。最後はペットの葬儀屋さんに頼んだ。

歩君は虹を渡って行ってしまった。もう猫は飼わないと決めた。

 

引っ越しをした。歩君との想い出がいっぱい詰まった部屋から…

 

私の実家に少し近くなった。母と一緒に夕食をとる機会が増えた

実家に歩いて行ける距離のところに引っ越しをした。

歩く道すがら保護猫に餌をあげる習慣がついてしまった。

何時も私たちのことを待っててくれる。可愛い猫だ

耳をハートカットされている。左の耳なので雌猫だという事がわかる

50メートル先から私たちがやってくるのが分かるようだ。

猫は目がそれほど良くないと聞いていたので足音で見分けているのかもしれないと思った。

いつも贅沢なチュールをあげていた

 

他にも保護猫さんたちがいてそれぞれに餌を与えられていた。

しかし、この子は誰も世話をしてもらってない

 

妻が名前を付けてあげたいと言うので今度は妻に名前を付ける権利を譲った。

夏に出会ったので夏子という名前にしたようだ。

 

私たちは「なっちゃん」と呼ぶようになった。餌場にいない時は大声で

 

「なっちゃん」

と呼べば廃墟になった団地から出てくる。可愛い

実家に行かずとも「なっちゃん」には会いに行く、雨の日も風の日も

 

私たち以外の人からも餌を貰うようだが、カニカマや牛乳といった人間が食べるものを

置いていく人がいた。

 

なっちゃんは食べないので地面が汚れる、

仕方がないので私たちが掃除して持ち帰るようにしていた。

 

ある時はフィレオフィッシュが置いてあった

チーカマも置いてあったことがあった

 

ある日、廃墟になった団地を囲んでいるフェンスに張り紙がしてあった

〇年〇月〇日より団地を解体しますというものであった

 

なっちゃんの家が解体される。

大変なことになった。保護主らしき人も見かけない。

毎日、餌をあげているのは私達だけだ。

 

私たちは決断した、保護すると。

あとは何時決行するかだ、もう時間がない、

 

「今日決行しよう」

と私が提案した。あいにくの雨模様だ。

しかし私は決めたならば、すぐに実行するタイプなので

ペットショップにショルダーバッグとトイレと砂と餌を買いに行った。

 

午後7時、決行だ。いざ行かん、私がバックを広げて妻がなっちゃんを入れた

最初は泣きまくりだった。家の下まで来ると団地のおばちゃん2人が世間話をしている。

これはまずい、なっちゃんは泣きっぱなしだ。

 

祈った、雨が強まってきた、強行に突破するしかない

妻と2人で階段に向かった。心の中で(頼むから泣かないでくれ)

と思いながら小走りで階段に向かった

 

「ごめんなさい」

と言って通り過ぎて行った。不思議となっちゃんは鳴かなかった。

何故かわからないけどおばちゃんがいるところでは鳴かなかった。

 

家に入ってバックをあけてあげると不安そうに鳴き始めた

そりゃ、今まで野生で生活してきたわけだから初めて人間の住処に上がる訳だ

不安で鳴かない方が不思議だ。

 

その夜は遅くまで夜鳴きしていた。2日目からは鳴かなかった。

少しずつ馴れて来たのか、物陰に隠れておとなしくしている。

 

オシッコもウンチもしない少し心配だ。餌は少しだけ食べてくれた。

徐々になっちゃんは自分らしさを取り戻してきた。

 

ウンチは1日2回、オシッコは4回ぐらい、極めて健康だ、排便の後は妻に片づけてと催促してくる。

餌も(ここからはご飯)無くなると催促してくるようになった

今は私のデスクから見える布団の上で眠っている。爆眠している。

 

赤い紐で遊ぶことが大好きで、よく紐まで誘導してくれる。

絶対にペットを飼わないと決めた私達だがなっちゃんの住処が無くなるとは想定していなかった。

運命だと解釈する。2人と1匹でこれからも仲良くやっていこうね